目次
東京では、伝統的な江戸前料理をはじめ、日本中・世界中の様々な食文化を楽しむことができます。本事業では、東京が誇る多彩な食の魅力を世界中の旅行者に広く発信し、さらなる旅行者誘致につなげるため、東京で活躍するシェフの皆様にご協力いただき、「東京の多彩な食と心を紐解く旅」と題したプレゼンテーションイベントを開催いたしました。
イベントには海外メディアの方々などにご参加いただき、江戸、近代、そして未来の東京の食をテーマに、シェフの皆様による調理実演とトークを通じて、東京の食の魅力を体感していただき、その奥深い魅力を海外に向けて発信していただきました。
コンセプトムービー
本事業にご協力いただいた
シェフの皆様
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精進料理「醍醐」
4代目/東京観光大使・パリ2024パラリンピック競技大会パラ応援大使
のむら ゆうすけ
野村祐介氏
懐石形式で精進料理を提供する港区愛宕の老舗料亭の4代目。フランス料理店での修行やバーテンダーとしての勤務経験、ソムリエの資格を有する。「精進料理 醍醐」は、ミシュランガイド東京に2007年から18年連続で掲載されているのに加え、2025年版では、持続可能なガストロノミーに対し、積極的に活動しているレストランとして「ミシュラングリーンスター」に新たに選出。
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「季旬 鈴なり」
主人
むらた あきひこ
村田明彦氏
幼少期から祖父が東京・門前仲町で営んでいたふぐ料理店で遊んでいたことから料理人を志す。千葉の商業学校卒業後、老舗日本料理店「なだ万」に入社。13年修業を積み、2005年「季旬 鈴なり」開店。2012年に初めてミシュランの1つ星を獲得。以降、2017年まで6年連続で獲得。リーズナブルな値段で本格的な日本料理が食べられるとあって幅広い層から人気を博している。
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「ピアット スズキ」
オーナー
すずき やへい
鈴木弥平氏
ピアットスズキオーナーシェフ、トラットリア・ケ・パッキアオーナー。19歳でイタリア料理の道へ。平田勝シェフに師事し、平田氏独立に際して「クチーナ・ヒラタ」へ。1992年よりイタリアへ1年間イタリア料理留学しイタリアの料理学校で学ぶ。その後、単身でシチリア、トスカーナ、リグーリア、ピエモンテなど各地のリストランテで研鑽を積む。帰国後の 1993年「ヴィーノヒラタ」のシェフに就任。2002年独立し『ピアットスズキ』を開業。伝統的なイタリア料理を基本としながらも、旬の素材の持ち味を活かした料理を提唱。2007 年から2021年まで「ミシュランガイド東京」一つ星獲得。
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「割烹船生」
ふにゅう のぶゆき
船生宜之氏
調理師学校を卒業後「器、食材、サービスを含めて最高のものを見たほうがいい」と考え「なだ万本店 山花茶荘」へ。その後、都内ホテルの日本料理店や神楽坂の割烹料理店を経て、2011年に「割烹船生」をオープン。
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「AMOUR」
ごとう ゆうすけ
後藤祐輔氏
辻調理師専門学校フランス校卒業後、アルザスの「オ・クロコディル」で修業。帰国後「銀座レカン」で4年間フランス料理の基礎を学び、25歳で再渡仏。その後「カンテサンス」「オトワレストラン」を経て30歳で「エキュレ」のシェフに就任。2012年、西麻布にオープンした「アムール」の総料理長に就任。僅か半年でミシュラン一つ星を獲得。以降7年連続で星を獲得する。2016年、恵比寿に同店を移転。
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「幸せ三昧」
なかやま こうぞう
中山幸三氏
27歳のときに笠原将弘氏(「賛否両論」店主)と出会い、グラフィックデザイナーから料理人への転身を決意。笠原氏の一番弟子として「とり将」で修業し、2004年の「賛否両論」開店時から店をもり立ててきた。2009年に独立し、恵比寿に自身の店「幸せ三昧」をオープンする。「賛否両論」の流れを汲んだおまかせコース1本のメニューで野菜と魚を組み合わせ季節感を重視した構成は創意工夫が凝らされた上品な味わいで人気となっている。
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「GENEI.WAGAN」
いりえ ひでき
入江瑛起氏
会員制ラーメン懐石「GENEI.WAGAN」のオーナーシェフ。元探偵という異色の経歴を持ち、偶然出会ったラーメン店、店主の生き方に影響を受け業界入り。自家製麺機や醤油を独自開発する研究熱心な一面を持つ。数々の対決番組で優勝し、『アイアンシェフ』では須賀洋介と対決。『アジアンエース』でアジアチャンピオンにも輝く。GENEI.WAGANでは来店回数ごとに異なるラーメンを提供し、1,000種類以上のバリエーションを生み出している。
プロローグ
東京の食と心を紐解く旅
江戸時代から現代まで、進化と発展を遂げた東京の食文化の歴史を紐解きました。

東京の食の特徴は「多様性」。
東京に住む方はもちろん、世界中・日本中から東京に訪れる旅行者は、人種、宗教、年代、性別など関係なく、誰もが美味しい料理を幅広い選択肢の中から選び、楽しむことができます。

東京の食は、なぜこれほどまでに多彩であるのか。そのルーツは江戸時代にあると考えられます。
江戸(現在の東京)に幕府が開かれたのが1603年。長く続く戦乱の時代が終わったことで、人々は時間と心の余裕を手に入れ、料理の美味しさを追求したり、娯楽としての食を楽しむことができるようになりました。
江戸の街では、屋台、茶屋、酒場などの外食産業が発展。世界のレストランの成り立ちに目を向けてみると、フランス革命(1789年)の際にベルサイユ宮殿の料理人がパリの街に出てレストランが出来たという歴史がありますが、日本では100年も前の江戸時代から発展が始まりました。

食の多様性がなぜ現在の東京の特徴かというと、江戸時代にそのルーツがあると考えられ、江戸時代の「江戸城の築城」と「参勤交代」という2つの出来事が大きな要因として考えられます。
当時の世界最大級の木造建築物である江戸城の築城のために全国から江戸に多くの人が集まり、さらに、1年ごとに日本各地の大名が江戸に集結する参勤交代の制度により、日本各地の「産品・食材」が集まりました。

そして江戸に多くの「産品・食材」が集まり、食文化が発展していきましたが、関東と関西の味付けには違いがありました。京都は海と離れているため、野菜中心の料理になり、野菜の色彩を生かすため薄口醬油を使用していましたが、江戸は海が近くにあり新鮮な魚料理に合わせ魚のうま味を生かすため濃口醤油を使用していました。

さらに地域による水質の違いも、各地域の料理の味付けに違いを生み出します。例えば、京都は山沿いにあり水が柔らかい(軟水である)ため、昆布出汁など植物性の出汁に適しており、対して江戸の水質は硬度が少し上がる(硬水である)ため、鰹出汁など動物性の出汁に適しています。これらの要因も、現代の関東と関西の料理の味付けの違いに影響を与えていると言われています。

明治時代になると、海外との交流が活発となり、海外の食材や料理が次々と東京に入ってきました。そして江戸時代では食することを禁止されていた「肉」が食べられるようになり、東京を代表する料理である「すき焼き」が誕生し、またオムライス、カレーなどの洋食文化も普及しました。

海外の多種多様な食文化が受け入れられ、東京の食の魅力として発展していった背景として、仏教の教えにある「3つの心」が大きな要因になっていると考えられます。
1.大心:固定概念を捨て、大きな気持ちで取り組む
2.喜心:ポジティブな気持ち
3.老心:相手の立場に立って考える
この「3つの心」があるからこそ、日本人は、海外の食文化を柔軟に受け入れ、日本本来の食文化と融合させることで、独自の発展を遂げ、現代まで続く東京の多彩な食文化が形成されてきたと考えられます。
Scene 01.江戸
東京に受け継がれる
江戸から続く食文化とその心粋
現代に受け継がれている和食の基礎、冷蔵技術が無かった江戸時代の食材保存の知恵や調理方法、
旬の食材を楽しむ食文化など、東京の食の歴史と現代に受け継がれている江戸時代の食文化について、調理実演と合わせて解説をいただきました。
お米の普及に伴う調理法や食材の普及
村田 明彦氏
現在の日本人の主食である白米は、江戸時代に普及し、1日5合も食べられており、お米とおかずを一緒に食べる習慣も江戸時代に生まれたと言われています。江戸時代にはお米の普及とともに、それに合わせた料理の調理法や食材が広まり、栄養バランスに優れた現代に続く和食文化が庶民にまで浸透していきました。
東京に息づく江戸の知恵と持続可能な食文化
船生 宣之氏
江戸前寿司を代表する寿司ネタであり、現代でも食されている「鮪の漬け」は江戸時代に生まれました。殺菌効果があるといわれている醤油に漬け込むことで食材の保存性を高めるとともに、うま味を引き出していたと言われています。
シャリは江戸前寿司の伝統的なスタイルである赤シャリを使用。江戸時代の酢は米麹を発酵させたもので色が赤く、保存食品に使われていたとのこと。さらに傷みやすく当時は捨てられていたと言われるトロは、鍋料理として葱と一緒に煮込むことで食されました。冷蔵技術が発展していない江戸時代だからこそ、食材を無駄にすることのない知恵が詰まった料理として広まりました。
冷蔵技術が発展していなかった江戸時代だからこそ生まれた先人の知恵が詰まったおいしい料理の数々は、現代の東京でも味わうことができます。
旬の彩りと香りを楽しむ江戸東京料理
中山 幸三氏
江戸の街では季節の食材を「初物」と呼び、初物を食べることが「粋」とされました。その旬の料理として、調理実演では「桜鯛の昆布締めと煎り酒」を披露。桜鯛の昆布締めは旬の食材というだけでなく、昆布に挟み漬けこむことで酸化を防ぎ、魚の保存力を高める調理方法として生まれました。また、煎り酒は、江戸時代に醤油が普及する前の調味料で、梅干し、鰹節、酒を使用しているため酸味が強いのが特徴。醤油と比べ塩分が少なく、ヘルシーな調味料として近年では利用価値が見直されています。
さらに日本を代表する春の食材、筍を使用した「筍の木の芽味噌和え」の実演では、すり鉢で木の芽、白みそ、ほうれん草をすりつぶし、食材本来の味や風味を損なうことなく、料理に彩りを添える「青寄せ」という和食の技法を紹介。
旅行者の方々には、日本の「旬」の食材が届けられる東京の様々な飲食店で、「旬」の味わいを存分に体感していただければと思います。
Scene 02.近代
海外発祥の食文化との調和
東京独自の進化と発展
明治時代以降、海外のさまざまな食材や料理が日本に伝来。
日本人の持つ精神性により海外の食文化は受け入れられ、日本古来の食文化と調和することで、
東京の食文化は独自の発展を遂げていきました。そんな現在の東京の多彩な食文化を象徴する、
東京と海外の食文化との調和を表現する調理実演が披露されました。
イタリア料理 東京進化論
鈴木 弥平氏
最初に披露したのは、日本の伝統的料理「精進料理」から着想を得た料理でもあり、全て「植物由来」の食材でつくるオールプラントのイタリア料理「乾燥トマト風味の野菜のテリーヌ」。乾燥トマトを出汁として使用し、うま味を引き出す日本の出汁文化とイタリア料理が融合した独自性の高い料理です。続いて実演された「Pesce crudo」は、日本とイタリアの習慣の違いを表した、生魚を使ったカルパッチョ。イタリアでは牛肉のカルパッチョが主流だったが、日本では新鮮な生魚が手に入る流通と、生で食す習慣があるため生魚のカルパッチョが生まれたとされています。最後に、イタリアにはカニを捌いて「むき身」として使うことはなかったが、鈴木シェフの発想で「むき身」を使用することに加え、昆布出汁のエスプーマを加えた「冷製カペッリーニ」の調理を実現。
このように、東京で提供されるシェフの一皿からは、日本と海外の料理技法の融合や質の高い流通網があるからこそ生まれた、数々の工夫や発展を感じることができます。
和と仏が織りなす革新の美食
後藤 祐輔氏
なかでも象徴的なメニューが、フランスの伝統料理ガレットをアレンジした、和牛とスクランブルエッグを巻いて作るクレープ。クレープとスクランブルエッグはフランスの伝統料理。そこへ東京を代表する料理に欠かせない春菊を練り込んだクレープで巻いて食べることで「すき焼き」を表現するユニークさを披露することで、日本とフランスの伝統を尊重しながらも新しいフレンチのスタイルを紹介。
他にも、カリフラワーのクレームと日本の冬の旬の食材である毛蟹と昆布のジュレを合わせた「毛蟹のタルタルとカリフラワーのクレーム」、日本とフランスの旬の食材を掛け合わせて作る「白子のムニエル」などの実演を通じて、日本中・世界中から質の良い食材が集まる東京だからこそ体感できる、東京の食の魅力が語られました。
多様な食文化と技が織りなす
独創的な東京の食の世界
入江 瑛起氏
「日本のラーメンはなぜ美味しく、人気なのか。」その秘訣は清らかな水と日本の出汁文化に秘密があります。東京では、江戸時代から受け継がれる出汁のうま味を活用した、スープにこだわりがある、特徴的なラーメン店が数多く並びます。
入江氏の実演では、出汁スープの試食を通じて、参加者に出汁のうま味の変化を体感いただきました。出汁をストレートで飲んだ後、海老醤油を加え、そしてネギ脂、さらに青山椒を加え、4つの味わいの変化を感じることで、出汁の奥深さを表現。他にも、海外の食文化と融合した独創的な食を表現する料理として、「イクラと海月のラーメンパフェ」を紹介。海月のXO醤和え、青のりの生クリーム、揚げた自家製麺、自家製の醤油で漬け込んだイクラの醤油漬けを積み重ね、見た目にも美しいだけでなく、香港、フランス、そして日本の食を掛け合わせたメニューです。
ラーメンに限らず、東京では、日本の出汁文化やうま味によって美味しさが引き出される多種多様な料理を楽しみ、体感することができます。
Scene 03.未来
持続可能性と多様性
日本古来の精進料理に学ぶ
東京の食の未来
現在、「食」については、環境、人種、食料廃棄など多くの課題があります。
その解決策の一つとして、精進料理から学べる東京の食の未来について解説いただきました。
野村氏は「日本でもっとも古いと言われている精進料理が、環境問題など以前から抱える食の問題、インバウンドが増えるにつれ人種、宗教など食の新しい問題の一つの解決策になれば良い。ただし、食にとって一番大切なのは美味しく楽しんでいただくこと」だと語ります。
東京には飲食店がパリの3倍の約10万店舗あると言われておりますが、飲食店が多いということは、今まで無かったものを生み出していくシェフが多いということ。そんな、新しいものを生み出し、料理を進化させ続けていく東京のシェフの姿勢こそが、今日の東京の多彩な食文化を形成しています。
「朴葉焼き」はフードロス問題を表現し、枯葉でも香りを付けることで利用できる、また海外の食材も使用することでダイバーシティも表現。「八寸」は、今の時期、ここでしか味わえないコト体験。「山海ご飯」は環境問題のテーマとして自然との共生。そして「清水寄せ」は水に恵まれている日本のオリジナリティが表現されています。
東京に訪れた際には、江戸時代から脈々と受け継がれ、近代、現代、そして未来を見据えた東京の食文化をぜひ体験いただければと思います。