Tokyo Tokyo Delicious Museum2023

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特別企画レポート

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“東京の食”の源流ともいうべき、江戸四大料理「寿司」「天ぷら」「蕎麦」「鰻」。江戸っ子たちに愛された料理は、時代の移り変わりとともに壮大な進化を経て、世界トップレベルと評される現代の“東京の食”を牽引しています。5月21日(日)に「Social Kitchen TORANOMON」で開催された『江戸前進化論-Evolution of Edomae, Ten-Hands Dinner-』では、「傳」、「鮨まつうら」、「天ぷら元吉」、「おそばの甲賀」、「鰻 はし本」から5人のトップシェフを迎え、江戸前料理の進化とその背景にある歴史や文化、職人ならではの哲学を表現しました。

<シェフ>

イベントに参加したシェフ写真

長谷川 在佑 氏

1982年、東京都出身。高校卒業後、神楽坂の老舗料亭[うを徳]で5年間修業。2007年[傳]を開店。豊富な食材や日本独特の文化を大切にしつつ、遊び心ともてなしの精神に溢れた「新しい形の日本料理」を体現。2022年「アジアのベストレストラン50」で1位を獲得。ミシュラン★★

インタビュー記事はこちら

おそばの甲賀

甲賀 宏 氏

1975年、東京生まれ東京育ち。高校卒業後、江戸蕎麦御三家の[砂場(赤坂店)]にて住み込みで修行を開始。江戸前そばの調理技術を14年半経験を積み、西麻布に12坪17席のお店[おそばの甲賀]を開業。
ミシュランガイド2014・2022・2023年にて、ビブグルマンとして選出。

鰻はし本

橋本 正平 氏

1979年東京都生まれ。24歳の時に[はし本]に入り修業を積む。2016年に4代目店主就任。2018年6月には岡山県のエーゼロ株式会社、中央大学海部健三教授とともに「うなぎの未来の相談会」を開催。
資源問題にも向き合いながら鰻料理の発展を目指す。

天ぷら元吉

元吉 和仁 氏

1975年生まれ、神奈川県出身。大阪の料亭・割烹で基礎を学び、東京で天ぷらの修行を重ね、2006年、31歳で南青山に[天ぷら元吉]開業。2022年、恵比寿に移転。2011年から13年連続でミシュラン1つ星を獲得。
海外にも天ぷらの素晴らしさを伝える為、技術指導を行っている。

鮨まつうら

松浦 修 氏

福岡県飯塚市生まれ、愛媛県北宇和郡広見町育ち。高校卒業後、プロスケートボーダーを目指し上京。水産会社を経て、鮨屋の道へ。29歳で[鮨 銀座おのでら]の海外1号店ハワイ店の責任者に。LAの立ち上げ。帰国。その後2019年9月に[鮨まつうら]をオープン。

「これまで誰も味わったことがない食体験を届けたい」

虎ノ門会場「Social Kitchen TORANOMON」で、17:00〜と19:30〜の2回にわたって開催された『江戸前進化論-Evolution of Edomae, Ten-Hands Dinner-』。
一夜限りのキッチンライブイベントでは、『傳』長谷川在佑氏をはじめ、『鮨まつうら』松浦修氏、『天ぷら元吉』元吉和仁氏、『おそばの甲賀』甲賀宏氏、『鰻 はし本』橋本正平氏が「江戸前料理」の今を表現し、国内外の著名なフーディーやメディア計35名をお迎えしました。

プロデューサーを務めたのは、食通として知られ、シェフ達とも交流の深い実業家・本田直之氏。
「東京の食の歴史をたどると、江戸時代から続く寿司、天ぷら、蕎麦、鰻、いわゆる江戸四大料理に行き着きます。江戸時代はそれらを屋台で食べるのが一般的でしたし、例えば寿司はおにぎりみたいな大きさだったり、鰻はブツ切りの串刺しで売られていたりと提供の形も全然違っていた。『伝統的』と呼ばれるけれど、現代に至るまでものすごく『進化』している江戸前料理の今の姿を、「江戸前進化論」というテーマのもと、トップシェフ5人に提案してもらいました」

イベント風景写真1 歌川広重のイラスト写真 歌川広重『東都名所 高輪廿六夜待遊興之図』東京都江戸東京博物館 所蔵
画像提供:東京都江戸東京博物館 / DNPartcom
イベント風景写真2 イベント風景写真3

「オープンキッチンで当時の屋台を再現し、江戸四大料理が描かれた浮世絵などの映像を会場に流すことで、国内外から参加するゲストが江戸時代の食シーンに思いを馳せながら、進化した江戸前料理を食べるという、これまで誰も味わったことがない食体験です。目の前の屋台で食べる料理と、映像に映る江戸時代の料理を比べて、伝統的な江戸前料理はどのように時代を繋ぎ、進化を遂げたのかを知ってもらえる機会になれば嬉しいです」
本田氏の挨拶に続き「江戸四大料理を考えたときに、最初に頭に浮かんだ」という5名のシェフたちが登場しました。

シェフそれぞれの紹介が行われた後、和食との相性の良さから選ばれたシャンパン「ルイナール ブラン・ド・ブラン」でゲストとともに乾杯。DJとして参加したFPM 田中知之氏の選曲がスタートすると、シェフたちは各自の“屋台”へ、準備に入ります。

最初にゲストテーブルに提供されたのは、『傳』のスペシャリテ2品。日本の伝統技法である最中と現代のフォアグラを組み合わせた「傳最中」と、一見フライドチキンのようなユニークな見た目の「傳タッキー」です。

「江戸料理の進化を国内外のゲストに広く知っていただくためにも、東京で日本料理を進化させ、2022年『アジアのベストレストラン50』で1位に選ばれた『傳』長谷川在佑氏は、今回のイベントを取りまとめてもらうキーマン」と本田氏が紹介するように、遊び心ともてなしの精神に溢れた「新しい形の日本料理」を体現しています。

「今日のフォアグラ最中は、砂糖が贅沢品だった江戸で庶民が最初に口にした甘いものだったとされる干し柿をメインにしました。和食の原点でもある“季節感”をしっかり捉えることが、=江戸の粋だと思うので、傳タッキーは、この時期にできる青梅と紫蘇を合わせました」(長谷川氏)

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江戸前の屋台で楽しむ、“立ち食い”の文化

ここからは、ゲストが4人のシェフの持ち場である“屋台”を順番に周ることで、「屋台ならではの“立ち食い”のスタイルを楽しんでほしい」と本田氏。

『鮨まつうら』では、さっそくゲストが屋台をコの字に囲み、目の前で握られる「大トロ漬け」や「小肌」、「鮪の脳天」、「あん肝巻き」に素早く手を伸ばします。

「昔は手押しで荷物を運んでいた時代。特に足が早い大トロや当店の名物でもある「脳天」「あん肝」などは生で食べられなかったと思うのですが、それを“漬け”という昔の技術と合わせたり、新旧の融合で進化を表現しました。江戸前寿司を代表する「小肌」も、昔は酸を強めでガッチリ〆めていたようですが、現代では小肌自体の味をしっかり味わってもらえるように優しく〆めています。また、丼にした対馬の「赤むつ(ノドグロ)」も、昔は獲れていなかったと想像される深海の魚。江戸時代と同じように日本酒と梅干しと古酒で『煎り酒』を作って、かけてお出ししたところ、とても好評でした」(松浦修氏)

途中、松浦氏に通訳を通して熱心に「煎り酒」のことを質問をする、海外からのゲストを発見。
「日本の鮨というと敷居が高いイメージがありましたが、昔はこうやって庶民向けの屋台でみんなが立って食べていたという文化を初めて知りました。著名なシェフの料理が食べられるというだけでなく、いろんなスタイルの食文化が一堂に集まっていたので、毎週来たいです(笑)」
と、立ち食いのカジュアルなスタイルを楽しんでいただけたようです。

使用した醤油は創業以来330余年にわたり創業の地で醤油醸造を営んでこられた柴沼醤油を使用。同様にドリンクにもこだわり、古代米「亀ノ尾」を使った完全無添加の超自然派生酛の仙禽オーガニックナチュールを提供。中でもあん肝巻きには生酛造りの貴醸酒である「新政 陽乃鳥」をお出しするなどメニューごとのペアリングにもこだわりを見せた。

お次は、江戸前蕎麦に心血を注いできた甲賀氏のもとへ。
お殿様に献上していたとされる最高級のそば粉「御膳粉」を使用し、今が旬の大葉を練り込んだ「大葉切り」にキャビアを乗せた、「キャビアそば」。

「現代の江戸=東京でお殿様が食べるとしたら、こういった贅沢なお蕎麦なのでは? とイメージし、キャビアを乗せてみました。冷たい大葉のお蕎麦と、太白胡麻油のまったりとしたコク、キャビアの塩みが三位一体の味わいです」(甲賀氏)

『おそばの甲賀』2品目は、“夏の定番”メニューとして親しまれている「すだちそば」は、喉を滑り落ちるようにツルッとした食感が魅力です。
「ちょうどすだちの新物が出始めていて、皮の内側の白い果皮部分が薄い時期。柔らかい皮ごとお蕎麦と楽しんでいただきたいです」(甲賀氏)

ゲストテーブルも積極的に訪れていた甲賀氏。大使館が多い西麻布エリアにある『おそばの甲賀』は、お客さまの国際色が豊かで、伝統的な江戸前蕎麦が常にアップデートされています。

本イベントでは各料理に、日本酒や焼酎、ウィスキーもコンセプチュアルな銘柄を用意。
ゲストからは、「食材やシェフはもちろん、お酒や醤油など調味料に至るまで超一級で、そういった側面からも進化を感じた」というコメントも寄せられました。

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天ぷら界に革新をもたらした、低温の美味しさ

伝説のシャンパーニュメゾン「ドン ペリニヨン」を28年にわたり率いたリシャール・ジョフロワ氏が手がける注目の日本酒「IWA 5 Assemblage 3」と合わせたのは、『天ぷら元吉』。一皿目は「大葉うにのせ」と「太刀魚」「新玉ねぎ」、二皿目は「キス」と「白えびon白えび」です。

今回登場した4人のシェフがその進化に「驚いた」と口を揃えるのは、天ぷらのサクッとした衣はそのままダメージを受けずに、急速冷却できる猫舌対策冷却機「北風」。

「江戸時代の天ぷらはもちろん、いまだにみなさん『天ぷらは熱々じゃなきゃ』と思っているようなのですが、昔からの概念に縛られず、温度帯も衣もその食材に合わせて調整する。今日の玉ねぎも冷却機で急速に冷まして、一番いい温度帯でお出ししてます」(元吉氏)

「天ぷらとは、=食材を美味しくするための調理法だと考えているので、種が一番美味しくなる衣をつけてあげるのが私たちの仕事。例えば白海老は甘いけど香りや味が少ないため、天ぷらにすることで海老の香りを引き出し、トロンとした独特の食感をトップに乗せて、口の中で白海老の味わいを完成できるように仕上げたのが『白えびon白えび』です」(元吉氏)

さらに、小麦粉の中にー190℃近い液体窒素を入れることで粉の粒子を一瞬で細かくし、シャリッと口溶けが良く繊細な衣をまとわせているのだとか。職人の手技が生きる現場に、ゲストも思わず息を呑んでいました。

江戸時代に「江戸前」というと、=鰻を指していたというほど、代表的な料理が、鰻。24歳からこの道に入り、八重洲の老舗店『鰻 はし本』の4代目を継いだのが、橋本正平氏です。

「当時は江戸で獲れた“江戸前鰻”に対して、それ以外を“旅ウナギ”と呼んで差別化していたほど、江戸の鰻はブランド化していたそうです。それほど江戸っ子たちの誇りでもあったんですね。今は天然鰻がほとんど手に入らなくなりましたが、鹿児島県で13年以上もの間、鰻に一切の薬物を与えず養鰻業を営まれている『泰斗商店』横山桂一さんの鰻は、僕が誇りを持ってお出しする美味しいブランド鰻です」(橋本氏)

鰻は、江戸時代に「江戸先包丁」と呼ばれる鰻専用の包丁が開発されたことで、“開く”食べ方が生まれたといわれ、それ以前は、ブツ切りで食べられていたそう。今回のイベントでは特別に「ブツ切りに塩を振って焼き、当時の鰻の食べ方として文献に残る山椒味噌で」提供されました。

「当時は鰻を開かず筒状で焼く様子が植物の蒲(ガマ)の穂に似ていることから、『蒲(ガマ)の穂焼き』や『筒焼き』などと呼ばれたりしていたそうです。筒状の中央に太い骨が残ったまま焼くので、食べ方は苦労するのですが、骨から出る『筒焼き』ならではの強い旨みも感じますし、昔はこう食べていたんだと想像しながら新鮮に楽しんでいただけると思います」(橋本氏)

提供ドリンクにもこだわり、独特な甘みのある余韻が楽しめる尾鈴山蒸留所山ねこのソーダ割りを提供。銅製蒸留器を使い蒸留した限定品の芋焼酎とのペアリングに舌鼓を打たれていました。

骨付き鰻と格闘するゲストにお話を伺うと、「鰻の骨の旨みと、肝も一緒に食べること自体も初めてだったので、希少な機会をいただきました。鰻の野趣溢れる味わいがクセになりそうです」と、意外にも好感触。

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今回、「江戸前」の食の魅力を体感したのはゲストに限らず、シェフたちの新たな発見にも繋がっていました。今後も、作り手と食べ手が互いに学び、広めることで、「東京の美味しい食」はさらなる進化を遂げていけるのではないでしょうか。

<協力>

  • うつわ御結
  • IWA
  • 柴沼醤油
  • 天酒堂
  • 仙禽
  • 味の素
  • ルイナール