“東京の食”の未来を考えるうえで欠かせないのが、食材を生み出す自然環境。海では、水温上昇により、冬眠するはずのウニやアイゴなどの魚が冬場も活動し続けて海藻を食べ尽くし、魚たちの産卵場所となる藻場も激減。あらゆる海産物の漁獲高が減っていることともつながっています。この問題に画期的な技術で取り組むのが「シーベジタブル」です。「シーベジタブル」は日本各地の沿岸地域の海藻を採取して研究し、地下海水を使った環境負荷の少ない陸上栽培や、海面に浮かべながら育てる海面栽培を行うほか、製品の開発から海藻の新しい食べ方の提案まで行っています。
「シーベジタブル」による海の環境変化や未利用資源としての海藻の可能性についてのレクチャーと、すし作家・岡田大介氏と料理家・樋口直哉氏による海藻料理紹介を通じ、海藻の新たな魅力に迫るワークショップを開催しました。
丸の内会場事後レポート
食イノベーション
海藻の新たな魅力を発信する、「シーベジタブル」
5月28日(日)に丸の内会場「MY Shokudo Hall&Kitchen」で開催された「海藻交流会」のテーマは、“食のイノベーション”。海藻を海面および陸上栽培するなど画期的な技術で新たな海藻の食文化を届ける「シーベジタブル」とは?
「日本の海域には、(毒がなく)食用可能な海藻が、約1500種類もある。日本ではそのうち数十種類の海藻しか食べられていないのが現状ですが、世界的に見ると海藻をこれほど食べている国は少なく、海藻食に関しては世界最先端の国なんです」
こう話すのは、2016年に設立された合同会社「シーベジタブル」共同代表・友廣裕一氏です。
1500種類のうち数十種類…とはもったいないように感じますが、海藻は陸上植物と同じように多種多様ながら、多くの海藻においては食べ方や調理法がこれまで未開発でした。
「さらに、数年前までたくさん生えていた海藻が、水温上昇などが原因でどんどん無くなっています。例えば高知県四万十川では、ピーク時の昭和55年に約60t取れていた「すじ青のり」が、河口部の水温上昇により、現在はほぼゼロになったんです。「すじ青のり」は海水と淡水が混ざる汽水域でしか育ちません。そこで、海藻から種を安定して取り出して、陸上で栽培することでしか復活させることができず、食文化を守ることもできませんでした。」
そんな“未開の分野”に対して「シーベジタブル」では、海藻調査・分類の第一人者、水質分析や設備開発の専門家などあらゆるスペシャリストが携わり、2016年4月、世界初となる地下海水を利用した海藻陸上栽培モデルを確立。
さらにここ数年は、全国各地で海藻が激減している状況から、海面で海藻を育てることで、“海の森”を広げていくことに注力しています。海藻は“海のゆりかご”と呼ばれるように、アイナメやイカなどの産卵場所になったり、小魚の隠れ家になったりする大切な役割があります。これを持続的に海の生態系を守るために、海藻の食文化を発展させ、消費量を増やすことで漁師さんたちの生業として無理なく続けられるモデルを目指しています。そのために今まで見出されてこなかった保存法や調理法の開発まで行い、新たな海藻の食文化を創出することを目指しています。
「例えば海藻の保存方法といえば、ほとんどの方は乾燥をイメージすると思いますが、おそらくそれは技術が発達する以前のかなり昔に確立した方法。シーベジタブルのテストキッチンでは日々、海藻の種類も保存条件も少しずつ変えてみて、『この海藻はこうすると味はいいけど食感は落ちる』『これだと食感はいいけど、味は落ちる』と研究し続けています」。
海藻から種を取り出すところからはじめ、栽培し、製品をつくり、販売するところまで行っている会社は、一次産業全体で見ても世界的に希少な存在だと思います。
すし作家と料理家が作る、「すじ青のり」と「はばのり」レシピ
では、現在海外の一流シェフからも注目を集める海藻は、どう調理したら美味しく食べられるのでしょうか。
続いて、すし作家の岡田大介氏と料理研究家の樋口直哉氏から、イベント会場参加のお客様と、オンライン視聴参加のお客様に向けて、今回のイベントに向けて考案いただいた家庭で再現できる海藻料理9品と海藻を料理に使うコツをお伝えいただきました。会場参加の皆さんには9品のご試食もご用意し、楽しんでいただきました。
一皿めの主役となった海藻は「すじ青のり」。
樋口氏の1品目は、「焼豚 すじ青のりとキウイ添え」。すじ青のりは、すべての海藻に共通するミネラルとアミノ酸が凝縮した味わいや、有機硫黄化合物である『アルデヒド類』=磯の香りに、お茶のような香りが含まれているので、その香りをどう生かすか、がポイント。そこでキウイです。同じ香り成分を持つ食材同士は相性がよく、キウイは、すじ青のりにも含まれているお茶っぽいアルデヒド系の香りを持っているためマッチするそう。
- 樋口直哉(ひぐち・なおや)氏
- 作家・料理家。1981年生まれ。服部栄養専門学校卒業後、料理教室勤務や出張料理人などを経て、2005年『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、デビュー。同作は芥川賞候補になる。作家として作品を発表する一方、全国の食品メーカー、生産現場の取材記事を執筆。料理家としても活動し、地域食材を活用したメニュー開発なども手掛ける。『ぼくのおいしいは3でつくる―新しい献立の手引き』(辰巳出版)、『もっとおいしく作れたら』(マガジンハウス)、『低温調理の「肉の教科書」―どんな肉も最高においしくなる。』(グラフィック社)など著書多数。
- 岡田大介(おかだ・だいすけ)氏
- すし作家・海藻料理研究開発・海藻料理交流会・営業。1979年生まれ。すし職人歴26年(2023年現在)東京都文京区にてすし屋「酢飯屋(すめしや)」を経営。生きものが食べものになるまでを突き詰めるために、すし職人の観点を常に持ちながら、まな板の上だけでなく海に潜ったり、釣りをしたりと、食材のホームグラウンドに入り込み、現在は「すし作家」として海、魚、すし、海藻にまつわる様々な活動をしている。『やりたいことは、やってみる。』これが岡田大介の基本理念です。著書に写真絵本『おすしやさんにいらっしゃい!生きものが食べものになるまで』
- ▼酢飯屋の情報はこちら
岡田氏の1品目は、“海藻界の香りの王様”と呼ばれるすじ青のりの香りを最大限に生かした「ちくわ天」。
天ぷらはちょっと面倒ですが、このちくわ天は、ちくわの凹部分に天かすとすじ青のりをふっただけ。通常の磯辺揚げよりもこの方がすじ青のりの香りを楽しめるとのこと。ご自宅で残った天かすとちくわを見て思いついたそうです。
また、シーベジタブルの海藻を使用するようになってから、海藻と牡蠣の相性の良さに驚いたという岡田氏。樋口氏もすかさず「僕も牡蠣のクラムチャウダーに、すじ青のりを入れてみたんですが、最高でした!」と賛同していました。
2皿めのお題は、生では黄褐色ですが、火を入れることで緑色になる海藻「はばのり」。
シンプルに、はばのりをイサキのお寿司に敷いた岡田氏は、「枯れ草のような香りに中毒性があって、はばのりなしではダメな体になってしまった(笑)。大好きなスパイスカレー作りにも必ず、はばのりを入れています」と、その個性的な香りにハマっている様子。
「はばのりは独特な苦味や香りがあるので、海藻界における山菜的なポジション。炒った方が苦味も抑えられます」という樋口氏は、フライパンで空炒りして緑色に変わったはばのりを、同じく独特の香りを持つ椎茸のステーキと合わせ、味わいに厚みを持たせたとのこと。
加熱や酸が加わることで、海藻の色や食感を活かす
はばのりを“かける”という前半のレシピに続き、後半では、加熱したり酸が加わることでどう変わるかを味わえる4皿が登場しました。
「昔はお寿司屋さんのつまの一つに添えられていましたよね?」と岡田氏に紹介されたのは、赤い色が特徴の海藻「とさかのり」。昔は日本の海岸でも採れていたとさかのりも、現在はほぼ輸入品に頼り、厚みや食感が弱い「とさかもどき」という代用品が使用されることがほとんどです。「シーベジタブルのとさかのりを食べた時に、本物は食感がしっかり、味わいも濃くて、違うものだ!」とその美味しさに衝撃を受けたという岡田氏。
「塩蔵されたとさかのりを水で戻すとピンク色に、酸を加えるとさらに鮮やかなピンク色になるので、酢の物などに向いていると思います。今日の料理も、ナスの南蛮漬けの汁にちょっと漬けて色が鮮やかに変化する性質を活かしました。とさかのりは加熱しても良いのですが、加熱し過ぎるとトロけてしまうので、焼きそばやパッタイを作る時は火を止めてからとさかのりを入れ、余熱でもっちりとした食感を楽しむのがおすすめです」
「僕もとさかのりはポン酢で和えるのが一番美味しいと思いました」と樋口氏は、「和え麺」を提案。「今回は、5分塩抜きして水気を切って使用しました。塩蔵されているので冷蔵庫などで保存しておけますし、酸を加えて綺麗に発色する特性は、料理で彩りをプラスしたいときに活躍してくれますよね。食感も楽しいので、サラダの主役にするのもいいと思いました。紅藻類は陸揚げするとカロチノイド色素が分解をはじめ、花や紅茶っぽい華やかな香りが生じるので、赤い可愛い色を生かしてデザートに使用するのも、理にかなっていると思います」
これには、試食されたお客さまから「食べてみたら中華の白キクラゲと似ている感じがしたので、とさかのりの赤と白キクラゲの白で、紅白のデザートを作ったらおめでたい感じのデザートができそうだと思いました」と新鮮なアイデアも。
最後は「若ひじき」を使った2皿。現在、日本のひじきの9割は海外からの輸入に頼っている状況です。一般的なひじきは大きく成長するまで禁漁期間が設けてられており、収穫後に硬さやエグみがあるため、長時間蒸したり煮たりした後に乾燥させたものが販売されていますが、「シーベジタブル」が海で育てる若ひじきは、新芽の状態で収穫するため、エグみもなく柔らかいのが特徴。サッと湯通しして、無農薬の柚子や桜、青唐辛子で香りづけして塩蔵保存しています。
水溶性の栄養分が抜けないよう、サッと茹でて、サラダに仕上げた岡田氏。「塩蔵を水で戻してサッと茹でた若ひじきはほぼ生に近く、“ひじきは煮物”として食べてきた者にとって、ここまで食感があることにびっくりしました。今日は柚子で香りづけしたものを使用しましたが、海藻に混ざってもきちんと柚子の香りが生かされていますし、3種のフレーバーともサラダに合うと思います。塩抜きは3〜4分にして塩気を少し残し、紫キャベツと大葉の調味に活かしました」
「若ひじきは、流水で何度か水を換えながらサッと洗うのがポイント。表面の塩は落ちますが、内側に残る塩気を出汁の味付けに使いました。お出汁に染み出した若ひじきの塩気と、鶏団子の柔らかさ。ひじきの食感を味わってほしいですね。若ひじきは色々試した結果、豆腐を潰して和えるだけの白和えもすごく美味しかったです。若ひじきに歯ごたえがあるのでソフトな食感の食材に合うのだと思います」
最後に岡田氏から、「シーベジタブル」自慢の加工品「青のりふりかけ」をまぶした俵型のおにぎりが提供されました。また、弓形で軽いコリコリとした食感の海藻「ゆみがたおごのり」や、プリンプリンの食感の海藻「みりん」の特徴や用途の紹介も。この2つの海藻は当初紹介する予定がありませんでしたが、“この食感を知ってほしい”と思った岡田氏が直前に足すことにしたそうです。
6つの海藻を知るだけで、こんなにもそれぞれの特徴や食べ方が異なり、幅広いレシピが生まれることがわかった、充実の2時間。未知の味わいと共に、新たな海藻の可能性に期待が高まりました。