日本の台所!築地と豊洲で発見する日本の豊かな食文化

Tokyo 食のリポート

日本の台所!築地と豊洲で発見する日本の豊かな食文化

江戸時代、日本橋の魚河岸をルーツに持つ築地市場。2018年に老朽化により場内市場を豊洲へ移転しましたが、東京をはじめ日本の台所として、昔から現在まで日本の豊かな食文化を2つの市場で支えあっています。

築地場外市場・豊洲市場が支える日本の生食文化

生食と耳にしたとき、何を思い浮かべますか。
多くの日本人にとってありふれた習慣であり、主な例としては、卵や魚介類が挙げられるでしょう。しかし国際的にみると、食中毒の危険性を孕む生食は避けるべきとされ、洋の東西を問わず加熱調理が一般的です。
日本特有の「生もの」を愛する食文化の裏側には、世界一と評される衛生管理や、日本ならではの文化的要素の存在が欠かせません。
そこで考えてみたいのが、刺身の薬味としておなじみの、山葵(わさび)。
日本原産であるこの植物は、古くは飛鳥時代から食材保存に利用されてきました。注目すべきはその効能で、天然由来にも関わらず、優れた殺菌作用を持っています。魚の生食、つまり刺身や寿司に添えるのは、非常に理にかなっているのです。そのほかにも、身近なものとして、緑茶の成分から殺菌作用が確認されています。
先人たちが経験則から学びとり、これらを上手に用いてこなければ、日本における生食文化は今日とは異なった形となっていたでしょう。

生食文化と密接しているのが、庶民の台所として親しまれる市場です。
その代表格として知られる築地場外市場・豊洲市場には、世界中から常に、多種多様な食材が届けられています。場外市場と場内市場に大別されますが、ともに数多くの飲食店が軒を連ね、食べ歩きや買い物を楽しむ人々で日々賑わいをみせています。
そのお目当てはやはり、新鮮な海産物。魚河岸にルーツを持つこともあって、世界有数の水産物取り扱い量を誇るとともに、寿司や海鮮丼が自慢の名店が多いことも特徴の一つです。
市場付近で消費される海産物は一部であり、大部分は卸売を経由して、日本各地へと送られていきます。早ければその日のうちに、遠く離れた食卓に並んでいることも。
豊洲市場では早朝からセリが始まります。日本の市場システムは世界的に見ても珍しく、仲卸業者の徹底的に品質にこだわる目利きのスキルが、生食文化の豊かさの鍵になっています。
お手頃価格の商店から高級飲食店まで、全国の寿司をはじめとした豊かな生食文化を支えているのは、築地場外市場・豊洲市場だといっても過言ではありません。

築地市場の魅力 東京の食文化を支える市場の歴史と現在

2018年、老朽化のため築地市場を構成していた「場内市場」が豊洲へと移転されました。
実に83年ぶりとして大きく報道され、いまだ記憶に新しい出来事ではないでしょうか。
しかし、1935年に行われた築地移転さえ、歴史全体からみると比較的最近のことです。
築地市場の前身として知られるのが、今はなき日本橋魚河岸です。
その起源は約400年前、江戸最初期まで遡るとされます。当時の漁師たちは、幕府へ魚の献上が義務付けられていました。献上後に余った魚の販売が許可され、江戸の中心部であった日本橋付近にて、商いを始めたことがきっかけだと伝えられています。
魚河岸は大変繁盛したとされ、この間に市場の礎となる仕組みが出来上がりました。
往時の華やかな姿は、多くの浮世絵に残されています。
約300年間にもわたる繁栄の末、次の契機となったのは、大正時代に発生した関東大震災でした。未曾有の大災害からの復興、そして鉄道整備など近代化の後押しもあり、築地への移転が決まったと伝えられています。

「場内市場の移転に伴って、築地場外市場は衰退していくのではないか」そう危惧する声があったものの、築地場外市場は今も変わらず活気にあふれています。
移転した場内市場の正式名称は「東京都中央卸売市場 築地市場」といって、卸売業者や買出し人など、あくまで食にまつわるプロたちによる、売買や競りが行われる場でした。
その一方、現在も築地に残る場外市場は性質が異なります。卸売市場隣接の商店街として発展を遂げ、今では数百軒にのぼる専門店の多様さは、他ではお目にかかれないほど。
近隣住民の生活に深く関わっているのはもちろん、築地ならではの良品を求めて、全国から訪れる客足が途絶えることはありません。
また、築地の知名度は日本国内に留まらず、近年では多くの海外版ガイドブックに掲載されています。その影響もあって、外国人観光客で賑わうこともしばしば。
人気のストリートフードを堪能したり、日本ならではのお土産を買い求める姿が見かけられます。
これからも築地は、東京の持つ顔の一つとして、人々を惹きつける場所であり続けると考えられます。

豊洲市場の魅力 築地から移転した新・魚市場の見所と役割

市場の移転にあたり、施設の抜本的な改善が図られました。
効率的な物流の促進や、環境に配慮した構造など、伝統の継承では終わらない「新たな市場」としての価値が豊洲市場には期待されています。
築地から引き継いだ卸売市場の役割としてまず挙げられるのが、日本最大の流通拠点としての機能です。取り扱い品目は多岐にわたり、水産物はもちろん青果物の取引も盛んに行われています。生産者に代わり競りを代行する卸売業者、競り落とした品物を、町の小売店向けに小分けして販売する仲卸業者、小売店からの買出人など、様々な事業者が関わり合い取引が成り立っています。
また、信頼性の観点から、基本的には東京都の許可や承認なくして競りには参加できません。
衛生面においても徹底した管理体制を敷いており、それら全てが相まって、安心できる流通を形作っているといえるでしょう。
生産者から消費者へ。その過程において、豊洲市場の果たす役割は必要不可欠なものです。

競りに備えた品物の下見は、午前4時ごろから始まります。
そして午前5時に競りが開始されると、場内の熱気は最高潮に。手やりと呼ばれる、独自のハンドサインによって入札競争が進められます。競りの終了後、午前7時から11時ごろにかけて、小売店や飲食店にとっての買出し時間となります。
この早朝に催される競りが、築地市場の知名度を世界的なものとしました。
中でも「マグロの競り」は特に有名で、早朝のタクシーを捕まえて、市場へ急ぐ外国人観光客の姿がよく見られたものです。豊洲市場にも観覧エリアが設けられており、日本人でも一度は見学しておきたい見所といえます。
東京の魚市場といえば築地、というイメージは簡単に変わるものではありません。
しかし豊洲には、築地同様市場ならではの魅力に加えて、従来にはなかった先進的な見所も誕生しつつあります。千客万来と名付けられたその施設は、市場近接型の新たな観光拠点として期待されています。
豊洲市場がどのような発展を遂げていくのか、これからも目が離せません。

日本の豊かな食文化の根幹には、生食をはじめとした沢山の要素が絡み合っています。
普段何気なく口にしているものでも、背景を学ぶと新たな発見があります。
その発見は、自身の食生活をより豊かなものにする一助になります。
様々な切り口がある中で、市場を起点として紐解いてみるのはいかがでしょうか。
中でも、取り巻く歴史含めて楽しめる好例として、築地場外市場・豊洲市場は外せません。
実際に足を運んでみるのも良し、食卓に品物が並ぶまでの過程にも、ぜひ思いを馳せてみてくださいね。