Tokyo Tokyo Delicious Museum2023

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Chef’s Interview

LA CASA DI Tetsuo Ota

年間営業日数は約40日、予約は2026年まで満席という軽井沢の一軒家レストラン「LA CASA DI Tetsuo Ota(ラ・カーサ・ディ・テツオ オオタ)」。店主はスペインの「エル・ブジ」やペルーの「アストリッド・イ・ガストン」など、名だたる名店で研鑽を積んだ太田哲雄さん。シェフとして料理を提供する傍ら、アマゾンカカオの輸入や販路開拓にも尽力。現在はアマゾンカカオを使ったお菓子にも多くのファンを獲得しています。自らアマゾン奥地へ足を運び、ペルーのカカオを公正価格で買い付けるなど地域に利益を還元しています。アマゾンに魅せられ、今では“アマゾン料理人”とも呼ばれる太田さんにお話しを伺いました。

「LA CASA DI Tetsuo Ota」レストランでの料理のこだわり、料理を通じて伝えたいことを教えてください。

季節感や土地感を重視し、その場所で採れた天然素材を料理の主軸に置いていることです。春はツクシや木の新芽、秋はキノコや木の実などを使用しています。そのほとんどは私自身がスタッフと山に入り、探して採っているものです。お菓子作りにエネルギーを割いているからということもありますが、年間営業日数が約40日なのも、この自然の恵みを生かしたいからこそです。
このような考え方に至ったのは海外での修行時代、地域の食に誇りを持っていた外国人シェフたちの存在が大きいですね。彼らに影響され出身地である信州の食材を見直すべく、軽井沢に店を開きました。

野菜はブランドや知名度で選ばず、地域内での循環を考えて無名の生産者からも積極的に購入しています。最近では限界集落の食材にも注目しており、昨年は小川村の大根の素晴らしさに惹かれ、村の大根すべて買い取りました。今年は村一つ分の唐辛子を購入する予定です。近年、海外のレストランでは皿の中のプレゼンだけでなく、地産地消など料理を通じた地域貢献が求められています。美味しいもの、品質が良いものをやみくもに集めるのではなく、地域経済が循環するよう、ある程度の量を積極的に購入するようにしています。かつての同僚シェフが店に来た時に、胸を張って紹介できたらいいですね。

アマゾンカカオを通じた持続可能な食についてどのようにお考えでしょうか。

フェアトレードということがよく取りざたされているが、適正な価格で買ったものを適正な価格で販売する、その循環システムを途切れさせないことが大切だと思っているんですよね。アマゾンカカオに関しても一番大切にしているのは彼らの生活水準の向上はもちろん、1年目よりも2年目、2年目よりも3年目の買う量を増やしていくこと、それにきちんとした対価を払っていくということです。カカオに着目したきっかけとしては、エル・ブジ時代からチョコレートを頻繁に扱っていたんですけれど、チョコレートというものがどういうものからできるのかということを自分が分かっていなかった。カカオの原産国がどうなっているのかということにスペインに行ってから興味を持つようになった。最初はペルーという国に行って、そこで初めてアマゾンという場所があってこういうものが取れるんだということを知った、みたいなところはあります。お菓子作りへの向き合いとしては、カカオを扱う時に現地の人の顔を思い浮かべたりはします。
また、食べる時に「チョコレート味が主でそこにイチゴ味が付いている」のか「イチゴ味をプラスしたチョコレート」なのかでは全く違うものなので、私はカカオ農家と関わってるのでカカオもしくはチョコレートが主であって、そこに何かがくっつくような商品の作り方にはなりました。

「東京の食」は太田様から見て今はどんな風に見えているでしょうか?

市場が成立し、飽和状態にあるので、唯一無二のものが作られていないと感じています。例えばnomaのような独創的な店は、なかなか東京では生まれません。海外では食や環境において、唯一無二であることが重視されがちですが、東京ではオリジナルが生まれるというよりも、海外で生まれたオリジナルをうまく取り込んでいる自分たちのものとして活かしている印象を受けます。つまり東京はオリジナリティという点で世界に遅れをとっているとも言えます。
飲食の激戦区であるがゆえ、少し苦しさもあると見受けられます。その一つの要因が高い家賃。固定費が高ければ十分な店舗面積を確保できないので、店舗独自の世界観はどうしても作りづらい。軽井沢の私の店のように、東京で一軒家レストランを開くのはそう簡単なことではありません。和食店でも、京都と東京では空間のゆとりの有無から世界観の見せ方がだいぶ違うように感じます。
また近年では後継者不足から老舗の閉店が続いたり、再開発が進んだりと、東京は街そのものが変化しています。近年、日本を旅する外国人が地方に流れる傾向にあるのも、東京に“らしさ”を感じる場所が減っているのも大きいかと思います。これらの要因が重なり合って、東京の食に唯一無二というものを生み出しにくくしているのではないでしょうか。大都市ならではの問題をどう解決していくかどうかも今後のキーポイントになってくるのかもしれません。

「東京の食」の未来はどんな風に考えられますか?

まず東京は”国際都市”ではないという自覚を持つことが大切だと思います。
日本が島口だということもあるのですが、NYにせよ、ヨーロッパの諸都市にせよ、”国際都市”といわれる都市は、もっと多国籍な人々が街にあふれています。東京はそれらと較べると圧倒的に母国(日本人)率が高い。例えば、私のいたエル・ブシのボーイの条件は5か国語話せることでした。東京の飲食店ではそんな求人なかなかないですよね。つまり世界レベルの”国際都市”というのは、それぐらい多くの人種が入り混じっているということです。
今後、外国人のお客様が増えていくことは確実です。幅広いニーズに応えるために、ビーガンやベジタリアン対応、さらに多言語でのサービス提供なども、東京の食の未来を考える上で不可欠になってくるでしょう。
またインバウンド対応だけではなく、移民を受け入れて多彩な人種が活躍する業界にすることも一策ではないでしょうか。人手不足が深刻化している日本において、飲食店を自国の人間だけで回していくのはもはや限界です。経営者目線から言えば、従業員が日本人でなければならない理由は全くありません。移民を上手く活用できるシステムがあれば、食の世界は劇的に変化するはずです。海外のレストランが元気なのは多彩な人種が活躍しているのも背景にあると思います。たとえばパリの有名ブーランジェリーのキッチンでインド人やパキスタン人がパンを捏ねているという光景はごく普通です。優秀な料理人は世界中にいるので、雇用を世界に向けてみるのも有益だと思いますね。

またここ数年、外国人シェフに彼らの取り組みを聞かされることはあっても、東京の食について聞かれることはほぼありません。また地方では東京の食はあまり触れられず、逆に海外の食が話題に上ります。「こんな未来に向かっていきたい」というイメージが明確に描き、オリジナリティを創出していくことが今の東京の食の課題とも言えるでしょう。